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残念なエチオピア人

2016年1月4日
エチオピア24
イルガ・チェフェという町を出発。

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ほとんど、民家や集落が途切れない。
なので3分と人が視界から消えることがない。

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そして首都を離れて田舎になるにつれ、より人が積極的に話しかけてくるようになる。
これが想像以上に過酷。

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基本的にそういった声に対しては完全に無視で、顔すら向けないようにしているんですが、エチオピア人の傾向として、無視をしても執拗に声を掛け続けるんですよね。ハイテンションで。
ひたすら「ユーユーユーユーユーユーユーユー」、「ウェラアーユーゴーウェラアーユーゴーウェラアーユーゴーウェラアーユーゴー」。それが朝から晩まで休むことなくひたすら繰り返される。

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そしてなんといっても子どもの意地の悪さ。
からかおうとするのがこの国の子どもの基本姿勢で、例えばうじゃうじゃ集まってくる子どもに対して、こっちが日本語で「うっとしい!」と追っ払おうとすると、「ウットシイウットシイwww」ってな感じで、マネをしてすぐにおちょくってくる。

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これが悪質になってくると、通過する際に、物を投げつける、殴りかかるフリをする、汚い言葉を投げつける……となってくる。珍しいものを見て好奇心で近づいてくるのは子どもだったら普通だと思うのですが、なぜそこで嫌がらせをするのか。
エチオピアの大人は子どもに対して暴力的だということは前に書いたことがありましたが、親から愛情を受けて育っていないのかなって思います。

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僕はそんなエチオピア人が大っっっっ嫌いだし、毎日「こいつら今すぐ地球上から消えて地獄に落ちてくれへんかな」と思っているんですが、でも実は、エチオピア人って親切な人もすごく多いんです。親切なことに定評のあるスーダン人にも引けを取らないくらいに。

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例えば、レストランで隣の客の食べているものが気になって見ていたら、高確率で「良かったら一緒に食べる?」と誘ってくれるし、今日も店先で休憩中にアボカド醤油を食べていたら、店のおばちゃんがパンをくれた。

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あと僕が洗濯とか洗いものとか、なんやかんや作業をしているときも、めちゃくちゃ積極的に手伝ってくれる。これだけ良くしてくれるんなら全然お金あげても良いなって思っても、そんなときに限って仕事が終わると、さっさとどっかに行ってしまう。
なぜそこではマニーをねだらない。

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ちゃんとコミュニケーションを取るとみんなすごく親切にしてくれるのに、通りすがりのクズエチオピア人のせいで、すべて台無しに、むしろ大きくマイナスになってしまっているのが非常にもったいないと感じる。
今日はただでさえアップダウンがきつかったのに、1日中「ユーユー攻撃」を浴び続け、エチオピアに入って、肉体的にも精神的にも1番しんどい日でした。

急に走りやすくなる

2016年1月5日
エチオピア25

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泊まった町の手前くらいから、かなり気合の入った舗装路が続いている。上り坂では、追い越し用の登坂車線が加わるくらい気合が入っている。
これはしばらく舗装路が続くことが期待される。

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休憩。

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マイルストーンもある。首都アディスアベバから493km。
さっきの休憩の時に聞いたら国境のモヤレまで舗装されているらしい。嬉しい。

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なぜか民家も少なくなった。
声を掛けられることが減って、これもすごく嬉しい。
それでもたぶん、1日100回くらいは声を掛けらているんですけど。
やっぱり道的にも、人的にも、しんどさのピークは昨日だったみたいだ。

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お昼。
インジェラ+パスタ

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なんかカッコいい感じで撮れた牛たち。

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大きな峠は無く、丘越え程度のアップダウンが続く。
地形の起伏が無くなった分、風は強くなった。
この辺りは西風が吹く。

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交差点。
首都アディスアベバから563km、国境のモヤレまで201kmというところ。ここがT字路になっていて、5kmくらい道をそれるとヤベロという町がある。補給のために向かう。

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到着。
もうちょっと大きな町かと思っていた。

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アボカドマンゴージュース。
いつもはレモンが付くので「レモンは?」って聞いたら、「これがレモンだよ」と、左に置いてあるボトルをくれた。絶対レモンじゃないやろって思って匂いを嗅いでみたら、完全に酢だった。「酢やんっ!!」って久しぶりに日本語で突っ込んだ。

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フルーツを買いたかったのだが、なぜかエチオピアでは高級なリンゴしか見つからなくて交差点まで戻る。この交差点でも一応最低限の補給はできるし、そんなに買えるものも変わらないので、わざわざヤベロまで行く必要はなかった。
国境の町モヤレまではあと2日で到着予定。結構時間掛かったな。

逞しくかしこいエチオピアの子ども

2016年1月6日
エチオピア26
エチオピアのゴール、モヤレまでは201km。
今日は中間地点のメガという町まで。

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出発しようと思ったところで露店のパパイヤを見つけて、小ぶりのを1個買う。このサイズで8ブル(約45円)。半分は今食べてもう半分は後で。国境が近づくにつれ、果物、野菜をあまり見なくなったので貴重。

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高い山がなくなり、だんだん景色がサバンナっぽくなってきた気がする。

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こういう木とかサバンナっぽい。
キリンに食べられないように葉っぱを上の方に茂らせている辺りとか。キリン対策なのかは知らないけれど。

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村の感じも途上国レベルが増してきた感じがする。

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ケニアの首都ナイロビは、ケニアの南部にあるので、北部は途上国レベルが高いのではないかと想像している。

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ヤベロから60km走ってドゥブルクという小さな町でお昼。
エチオピアの国民食インジェラもケニアに入ったら多分食べられないんでしょう。そんなに美味しいわけではないけれど、健康に良いらしいので積極的に食べてきた。

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この山を越えたらメガ。
お昼食べ過ぎてお腹パンパンなのでしんどい。

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上りきる。
推定300mの峠。
そして斜面にドラクエ規模の村。

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今日の目的地、メガに到着。
町の直前から未舗装路になったので焦ったけれど、ちゃんと町は舗装されていた。

パンを食べながら休憩していたら、隣にいたおっさんとの話の流れで、「今日家に泊まってくか」と誘われる。まだ時間が早く、今日の内にこの町を出発して距離を稼いでおこうかと思っていたところだったので迷ったんですが、アフリカで家に誘われるのもたぶん初めてだし、お言葉に甘えることにした。

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部屋まで用意してくれたり、食べ物をご馳走してくれたり、すごく良くしてもらいました。
家に招いてくれたアハメッドさんには8人の子どもがいる。何度も書いている通り、通りすがりのエチオピアの子どもというのは総じて憎たらしいクソガキなんですが、ちゃんと接するとものビックリするくらいしっかりしたいい子が多い。
7,8歳くらいの子どもがコップの残りを確認して紅茶のおかわりを注いだり、「背もたれに使って」と自分の使っていた枕を差し出してくれたり、そんなこと日本人の子どもでは絶対に無理でしょう。初めて会う外国人に気を使うっていうだけでも子どもにとっては相当ハードル高いのに。

野生の動物は人間に比べて、厳しい環境に置かれているから生まれてから自立するまでの期間が短いというけれど、同じことがエチオピアと日本の子どもにも言えるのかもしれない。

ケニア国境の町に到着

2016年1月7日
エチオピア27
エチオピアのゴール、モヤレまであと100km。

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昨日泊めてもらっていたアハメッドの家。
すごく手厚いおもてなしをしていただきました。僕はテントで寝る気満々だったのに、わざわざ部屋を用意してくれたり、日本の映画のDVD買ってきたから一緒に見ようと、中国とタイの映画のDVDを買ってきてくれたり。


そして家の中を動画で撮らせてもらいました。
興味のある人はどうぞ。
喋りながら動画撮影するってすごく難しいなって思った。

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昨晩と今朝のご飯をご馳走になっておいてなんですが、メニューがどっちも揚げパン、パン、砂糖山盛りの紅茶だったので、朝から胃もたれでしんどい。彼らがなぜおじいちゃんになるまで元気に生きられるのかが分からない。炭水化物、脂質、糖質しか摂ってないのに。

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国境に近づくにつれ、ますます地形の起伏が無くなっていく。

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50km地点の村。
しんどすぎて、空いているスペースにマットをひかせてもらい小1時間横になる。なんか熱っぽいし、最近やけに体調を崩す。

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お弁当に作ってきた肉抜き肉じゃがも半分程度しか食べられない。
普段風邪を引いてもそこまで食欲が落ちないので、これだけ食べられないのはちょっと心配。

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休憩をはさみながら進む。
モヤレまであと20km程のところで後ろから来たトラックが止まる。
さっき僕が横になっていたカフェの客だった。
そして、モヤレまで行くから横に乗っていくか、と。

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実は今日はエチオピアの暦ではクリスマスらしい。
まあこれをクリスマスプレゼントってことにして楽をさせてもらうことにする。
ということで楽々モヤレに到着し、そしてその夜、39度の高熱が出る。

その夜……

2015年1月7日(夜)
ケニアとの国境の町、モヤレに到着し、宿にチェックイン。1日なんか調子悪かったのでベッドで横になるんですが、夕方くらいから熱が上がり出だす。ひょっとしたらマラリアかなと思って、首都アディスアベバで買っていたマラリアの治療薬を念のため飲む。

外には出ずに安静にしているが、熱はどんどん上がり、午後8時には39.4℃を記録。これはまずいぞってなり、ホテルのフロントでお願いしてオートバイ+ドライバーを手配してもらって病院へ連れて行ってもらう。エチオピアの病院は24時間営業とのこと。

モヤレ郊外の病院に着く。
受付の部屋には、3人の従業員が死んだ魚の目をしてテレビを見ている。
より深刻な状況を演出するために、しんどさ3割増しの演技で「ヘルプミー」と懇願するも、全く表情を変えず僕の方を一瞥するだけ。その時は、「ひょっとしたら僕はここで死ぬのかな」って思ったけれど、まあ一応ダラダラと、やることはやってくれた。

まず、マラリアかどうか確かめるため血液検査をする。採取した血液をプレパラートに血を垂らす。顕微鏡で見るのか知らないけれど、やけにアナログだなと朦朧とする意識の中、思った。

30分後、結果が出る。

結果、マラリアではなかった。
ただ、違う病気にかかっていた。「Typhoid fever」と「Typhus」の合わせ技、とのこと。帰ってネットで調べると、「腸チフス」、「発疹チフス」と出た。なんか聞いたことある。腸チフスは食中毒みたいなもので、発疹チフスはダニとかにかまれて感染するものらしい。たぶん。
両方とも、そこそこの死亡率の病気だったらしく(未治療の場合で20~30%くらい)、ちょうどまともな町に着いた日に発症してくれて助かったなと思った。すぐに病院に行けるとは限らない、田舎道を走っていたので。こういうのが自転車旅の怖いところですね。

腸チフスは汚染された食べ物や水などから感染するので、病院で「心当たりあるか?」と聞かれたが、ありすぎて返答に困った。どんなものを食べていたか聞かれたときに、生モノだと「例えばトマトを丸かじりしたり……」と答えたら、「アチャー」みたいな感じですごい苦笑いされたので、そういうのもダメだったんでしょう。

生肉を買って調理して食べることも何度かあったけれど、使った包丁を煮沸消毒などせずに、普通に洗って終わりだったし。水に関してもだいたいレストランなどでもらうことが多かった。中南米ではあまりお腹を壊したりしなかったので、完全に油断していた。まだアフリカ編も長いから、気を引きしめないと。

そういえば、海外の医療費と言うとめちゃくちゃ高いイメージがあるけれど、今回病院で掛かった金額は、血液検査が30ブル、薬代が60ブル、計90ブル(約500円)でした。医療費が何百万円、何千万円もするのは先進国の話で、途上国の医療費は逆に安いようだ。なぜなら保険制度がない途上国では、医療費が高いと国民が病院に行けないから。納得。

モヤレで療養

2016年1月8日
エチオピア28
エチオピア-ケニア国境の町モヤレ。
「腸チフス」と「発疹チフス」のW感染のため、この町で療養中。
アメリカ大陸編では日本人宿などで長期滞在中に身体を壊すことが多かったので、ホテルの部屋で一人ぼっちでいると、まるでこの世の終わりのように心細い。

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この散らかり放題の部屋を片づけるのとか、元気な時でもめんどくさいのに。
腸チフスって食中毒みたいなものだと思うんですけど、下痢などの症状はなくて、あるのは熱だけ。その熱も初日は39度台だったけれど、病院で打ってもらった注射と薬が効いているのか、今は38度前後くらい(予想)。

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外食をすると野菜を取れないので、しんどいなか、町をさまよってローカルな市場を見つけて野菜を買ってきて野菜スープを作る。スープに包丁を突っ込んで同時に煮沸消毒をしている図。

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衛生面にはビビっているので、マンゴーも一応洗って食べる。
そういえばアフリカで食べるマンゴーってなぜか美味しく感じないんですよね。
旬の問題なのか、甘くない。

ケニアへ

2016年1月9日
エチオピア28
エチオピアでの30日間の滞在期限が迫っているため、今日ケニア側の町に移動します。
今日はエチオピア滞在29日目で、滞在リミットの前日。

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奥にあるゲートが国境っぽい。
そばにイミグレーションがあったので、出国手続きをする。
国境を越えてケニアへ。

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ケニア側のイミグレーションでビザ(50ドル)を取得して、入国スタンプをもらって入国手続き完了。ちなみにケニアのビザはオンラインでしか取得できないという話があったんですが、実際には国境で問題なく取れたし、首都のケニア大使館でも取得できるという話。

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エチオピアーケニアの国境にまたがっているモヤレの町は、地図を見る限り、エチオピア側のほうが栄えているみたいだったけれど、確かに結構な格差を感じる。
まず道が未舗装なところとか。

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ケニアに入ってシリングという通貨になった。
ちなみに1シリングが約1.15円で、数字がだいたいそのまま円に換算できるので、買い物をしたときに日本円でいくらかの計算がしやすいところが、地味にうれしい。
細かい指摘をすると、ケニア貨幣最弱の1シリング硬貨が、硬貨の中では2番目に大きく、価値は低いのに財布の中では結構な存在感を放っているのが若干うっとうしい。

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新しい国に入ったら変換プラグを買う(コンセントの形が変わる場合に限る)。
日本から持ってきたマルチ変換プラグをどこかで無くしたので。露店とかによくあって、わりと簡単に見つかる。

ケニア北部の治安とバス移動

2016年1月10日
ケニア入国
気になるのがケニア北部の治安。
モヤレから南下する道は危険だということを何人かの人から聞いていたので。調べてみたら、数年前にモヤレで大規模なテロがあったらしく、危ないっていうのはそのことを言っているのかなと思った。一応今は落ち着いているらしい。

ただそれとは別に、この辺りの地域は強盗が出るという話もある。南米のペルーでも有名な強盗多発地帯があったが、長い無人地帯が続く地域では強盗も仕事をしやすいんでしょう。

モヤレ-ナイロビ間の道中の治安について、モヤレの警察に確認を取る。念のため、日と警察署を変えて、計3回同じように尋ねてみた。そしたら2人は「安全だし問題ないよ」と、そして1人は「50:50(フィフティーフィフティー)」と。アドバイスとしては「夕方以降は走らない」、「幹線道路から外れたローカル道を走らない」「人に呼び止められても、止まらず走り続ける」の3点。

3番目のアドバイスについて、「声を掛けられて止まったところを襲われる」と言うケースがあることはわかる。ただ僕は総重量50kgの自転車なんで、ハナから強盗に走られたら全然追いつかれるスピードなんですけど……、と詳しく突っ込んで聞いておきたいところだったのだが、それを伝えるだけの英語力は、僕には備わっていなかったのであった。

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「50:50(フィフティーフィフティー)」って言ってた人も「昼間だったら大丈夫だよ」と言っていたので、多分走っても問題ないんでしょうけど、体調を崩していることもあるので、少しバスで飛ばすことにした。次の大きな町、マルサビットまで。少なくとも、もらった薬を飲み切るまで、あと5日くらいは安静にしておこうと思っているんですが、とりあえずこの何も無いモヤレの町にはいたくない。エチオピア側のモヤレだったら全然居れたんですけどね。wifi付きで100ブル(約560円)の優良ホテルがあったので。

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そして夕方、マルサビットに着き、やっぱりモヤレに留まっておけば良かったと後悔する。これだったらモヤレのほうがまだマシだった。


1月11~12日
その後、2日を経て、なんだかんだ首都のナイロビまでバスで飛ばすことになりました。
エチオピアでクリスマスを一緒に過ごしたバックパッカーの人たちも今ナイロビにいるみたいだったので。
どのくらいいるかわからないですけど、しばらくナイロビで療養生活になります。

バスで飛ばすということ

2015年1月13日
ナイロビ
腸チフス、発疹チフスにかかったので療養のためケニア国境から首都ナイロビまでバスで飛ばしてきたところ。全く走ってないのに、すでにケニア終盤である。

南米の終盤では、バス、ヒッチハイクに頼り過ぎてやる気がなくなっていたので、アフリカではできるだけ頼りたくはなかったのだが、思いのほか頻繁に使い続けているこの状況。

もうケニアの出口近くにいるにもかかわらず、僕はまだケニアについて何も知らない。
ケニアはどんな気候なのか、昼はどのくらい気温が上がり、夜はどのくらい下がるのか、湿度はどのくらいで、どのくらい洗濯物が乾くのか、どんな人たちが生活しているのか、どんな言葉を喋るのか、どんな風に接してくるのか、どんなものを食べているのか、どんな家に住んでいるのか、どんなものがスーパーに並んでいるのか、どんなパンにモデルチェンジしたのか、卵はいくらくらいなのか、どんな植物が生えていて、どんな地形で、どんな風が吹くのか……などなど。僕はまだ何も知らない。
そして何も知らないままケニアを出ることになる。
そのことが結構悲しい。

そんなことを知るために自転車旅をしているのかと言われると、別にそういうわけではないし、特別ケニアに思い入れがあるわけでもないんですが、それでも自転車旅中は、主にそんなことを考えて過ごしているので、その部分がすっぽり抜けてしまうと、この旅が空っぽになったように感じるのです。

それだったらまた体調が戻ったあとで、バスで戻って走りなおせばいいやんって話なんですが、なんかそれも違う……というかめんどくさい。
まあそういうことなのです、バスである区間を飛ばすということは。
もうアフリカではしないで済むことを望みます。

危ないってうわさのナイロビ

2015年1月14日
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ケニアの首都ナイロビはものすごく危険な町らしい。
全世界でも上位に食い込むレベルで危険な町らしい。
エジプトを出発して以来、治安に関してはほとんど気にせず過ごしてきた。危ないイメージしかないアフリカはこんなに安全なのかと拍子抜けだったけれど、ようやくイメージ通りのアフリカが登場。

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しかし昼間のナイロビを歩く限りでは他の国の首都とそう変わらず。
雰囲気も明るく、出歩いている人も多い。

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夜はやっぱり危険みたいで、日没には大体の店が閉まる。
ただ人の姿はそこそこあり、夜10時、11時ごろでも女の人が一人で歩く姿が見られたりする。
結局ナイロビはどのくらい危険なんだ。

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泊まっているホテルの近くに市場(地図)があったのが、うれしい。ちゃんと値段の表記があるのでぼったくられる心配が無いし、「○kgでいくら」ではなく、「○個でいくら」という値段の付け方なのも少ない単位で買えてうれしい。
ところどころドブ臭いのが欠点。

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あとホテルのキッチンがこの火口が1個あるだけなので、大したものは作れないのも残念。
キッチン設備が整っていたら完ぺきだったのに。

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ここで作ったカレー。
カレー作りを研究中。
隠し味で醤油、マンゴー、ピーナッツバターが入っている。
毎回、何か味が物足りないカレーになっちゃうんですよね。

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途上国のバスというのはだいたい派手なペイントが施されているが、ナイロビのバスはひときわ派手。

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もうバスが渋滞していたりすると、見ているだけでしんどくなってくる。
そういえばケニアでは車が日本と同じ左側通行なんですよね。
ちなみに左側通行の国はこの旅、初。
車の運転席もちゃんと右ハンドルで、やっぱり日本車が多いのかなと思って観察していると、走っている車の半分がトヨタでした。2割が日産。

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