あれよあれよと

2017年8月4日
中央アジア(キルギス)2

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南米で出会ったバックパッカーが現在、首都ビシュケクにある日本人宿に滞在中で、連絡を取ると僕のことを待つために少し滞在を伸ばしてくれていたそうだった。
ただ僕は体調を崩してしまっていたので、延長した出発日にすら間に合わなさそう。

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2泊テントを張らせてもらっていたお宅でパンとチャイの朝ごはんを頂いていく。
昨夜の晩御飯も全く同じパンとチャイだけのメニューだった。
1日30品目の食品を取ることが健康に良いって言われてますが、そんな豊かな食事が可能になったのは、数百万年に渡る人類の歴史においてもここ数十年の先進国に限った話でしょう。恐らくこれまでの人類史の大半は毎日全く同じ数品目を食べ続けていたことだと思う。
人類は数百万年に渡って間違った食生活を送ってきたのか。
発展途上国だと今でもそういう食事が行われている地域は多い。全く同じものを朝昼晩、365日食べ続けているような感じのところとか。

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橋を渡って幹線道路に復帰。
この先にタクシー乗り場があるらしい。
タクシーに乗ると今日中に首都ビシュケクに行けるらしい。

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ただ今日は珍しく一面の曇り空。
追い風まで吹いて超スーパーサイクリング日和。
一応、タクシー乗り場でビシュケクまでの値段だけ聞いてみる。

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そしたら自転車を車の上に乗せられる。

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気が付いたらビシュケクにいました。
ビシュケクの日本人宿に滞在中の亮平氏は僕が海外で出会った中でも特に仲良くなった旅行者の一人だった。登山とKOF(格闘ゲーム)の絆は深い。

正直言ってもう体調は全く問題なかったし、天候等のコンディションもばっちりだった。それでも再会したくて来てしまった。帰国時期が同じくらいの予定なので、日本でも全然会えたんですけど、せっかくだったら海外で再会したい。
中央アジアではもう走るべきところは走ったからと何度も言い聞かせての車移動。

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やけに言い訳がましい内容になっていますが、一番は自分に対する言い訳でしょう。
車移動を正当化するための。

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2017年08月 11日05:50 キルギス

南旅館の再会PageTop小さな町で延泊

Comment

日本人を含め、人は長い歴史を、粗食で生き抜いて来た過去がある為、粗食に対応した身体、DNAを持っている。日本で言えば、江戸時代以降、肉食や一日三食などの食文化が入って来た。食文化が変わって何が起こったか。病気が増えた。これに尽きると思う。増える医療費とガン患者。寿命は伸びても、健康寿命は短くなっている。

一日、30品目も企業の販売促進目当てが大半で、正直品目が少なくたって大丈夫やし、食べ過ぎない方が、遥かに健康に良い。

農耕時代、朝から晩まで来る日も来る日も畑仕事に精を出していた昔の人達は、肉など食べていないが、現代の人よりも、体力や身体の力がみなぎっていることは、容易に想像できる。

食文化の変化は、人間に満足感を与えただけで、先人達の食生活の知恵や、人の健康を奪った。なので、改めて粗食の食文化を見つめてみても良いかもしれない。


って誰かが言ってたー。

ある、欧米人旅行者が日本へでの食事についこう訴えてきたことがあった。日本食とは評判がいいので楽しみにしていたが、毎日お米が出てきて、大半は味もつけていない調理の仕方だ。それも朝、昼、晩と三食。そして副食は大概ソーイソースをあまくしたたれだ、そして、デザートが質素だ、と。確かにお好み焼きソースからうなぎ、親子丼、焼き鳥としょうゆみりんがベースですね。その旅行者には日本食は十分粗食だったのかもしれません。自分の消化できない食文化を客観的に理解することは難しいのかもしれませんね。

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